九蓮宝燈と死の関係

九蓮宝燈は不吉な役満で、上がると死ぬと言われています。

これは本当なのでしょうか?

 

実際に私は九蓮宝燈は見たことはありませんし、勿論上がったこともありません。

役満でよく見かけるのは四暗刻と国士無双、大三元ぐらいですが九蓮宝燈に限ってはリャンシャンテンまでしか見たことがありません。

 

昔友達と卓を囲んだ時、私が安手でリーチを掛けました。

その時一人が「今回だけは邪魔をしないでくれ。」と言ってきたのです。

数巡後ツモってしまいましたが友人は九蓮宝燈のリャンシャンテンを見せてくれました。

一萬と九萬が3枚ずつありました。

リャンシャンテンでも見事だと思いました。

「お前死なないで良かったな。」と冗談を飛ばしたのを覚えています。

 

九蓮宝燈は麻雀放浪記でも出てきますが、上がった後は必ず誰かが死んでいます。

一巻の青春編では出目徳が上がった直後に死にました。

四巻の番外編では李億春が上がった後、相棒のガスが刺されて死んでいます。

 

この描写から九蓮宝燈が死をイメージさせる役満になってしまったのではないでしょうか?

九蓮宝燈と死は麻雀放浪記が生み出した妄想と言えるかもしれません。
一萬一萬一萬二萬三萬四萬伍萬六萬七萬八萬九萬九萬九萬

麻雀の裏芸つばめ返し一人天和

こんにちは!

ホオジロザメのDIOBRANDOです。

さて突然ですがあなたは「つばめ返し」という麻雀の裏芸をご存知でしょうか?

私は阿佐田哲也の麻雀放浪記で初めてその存在を知りました。

一人積み天和です。

このような純粋な麻雀のスキルと離れた裏芸に対してどう思いますか?

私が思うに意見が大きく分かれるところだと思います。

これは「イカサマだから汚い。」と言う否定意見と「裏芸と言えどこれも広義の意味で麻雀のスキルである。」という肯定意見です。

現代では全自動麻雀卓が普及しているため手積みが少なくなってきておりこのような光景も見かけなくなってきました。

恐らく半数以上は否定意見かと思います。

しかし私の場合は逆です。

勿論こんなことをやられるのはいい気持ちしませんが、それ以上にやる度胸と鮮やかな手捌きに芸術を見る気がしてそちらの方に魅せられてしまうからです。

 

小説はあくまで小説であり戦後にこのようなバイニンさん達が本当に実在したかどうかは疑わしいです。

著者の阿佐田哲也自信も「創り物であり麻雀のバイニンなるものは存在しない。」と言っています。

しかし麻雀放浪記を読んでみるとあまりにも現社会に関係が似ており逆に「本当に創り物なの?」と考えてしまいます。

現実的な社会描写と非現実的な麻雀描写に何か心をくすぶられるものがあるのです。

もしこのようなバイニンがいたとしたら全自動卓が普及するにつれて彼等は何処へ行ったのか?

興味がありますね。

麻雀放浪記まだ読んでいない方にはこの夏一押し小説です。

一晩で一気に読んでしまうと思いますよ。

 

さて本題のプレイ日記です。

昨日は毎週土曜恒例の花鳥風月杯で1回戦負けした後いつもの$8のレートで打ちました。

東一局の南家の私です。

 

あなたならどうしますか?

私は六筒を切ってリーチを掛けましたがこれがいけなかったみたいです。

三人の牌を暴いてみたらこんな感じでした。

これでは一筒は出るはずがありません。

見事に西家にしのがれてしまいました。

一筒切りリーチなら二巡後に六筒を積もっていました。

結局これがまずくこの局はそのままラスで終わり次もやはりラスでした。

これではやるたびに$10減っていきます。

暫く休憩してまたまた再開しますがどうしても調子が出ません。

そういえばここのところ一着を一回もとっていません。

トップとダブルスコア差以上ついてしまいましたがそれでも辛抱を重ねたのが良くオーラスの親番でついに逆転しました。

二盃口にはなりませんでしたがそれでも十分です。

平和、ツモ、一盃口、チンイツで親倍です。

これは気持ちが良かったです^^

この一局は実に長かったですがようやくトップを取れました。

これが昨日の履歴です。

浮き沈みが激しかったのですがトータルでは$0.43負けで済みました。

今日はこれから賞金$148のVIP ADDEDです。

良かったらお会いしましょう。